MEVの規制を巡る論点と最新の動向
はじめに
近年話題になり始めたMEV(Maximum Extractable Value)は、規制当局からも注目され始めています。2023年9月には、証券監督者国際機構(IOSCO)がDeFi規制に関するコンサルテーション・レポート(以下、IOSCOレポート)を公表し、MEVについても言及しました。 筆者は、MEVの問題は法規制ではなく、ブロックチェーン・コミュニティーの内部からの発案による技術と仕組みの改善により解決すべきと考えています。その理由は以下の通りです。
- ・MEVはプロトコルレベルの問題であり、規制によるCensorshipは避けるべき
- ・プロトコルレベルの規制は、ブロックチェーンのdecentralized性を損ない、他の規制の対象にもなりやすくなる悪循環を招く
- ・MEVのストラテジーは進化し続けるため、法的規制がキャッチアップし続けることは困難
- ・バリデーターは匿名であり得るため、規制のターゲットとしにくい
- ・一国の規制では、MEVを行う主体が規制の緩い国に移ってしまう
ただし、規制当局としては、同じリスクの同じ行為には同じ規制を適用するという「技術的中立性」の原則に従う必要があります。そのため、ブロックチェーン・コミュニティーは、規制側の懸念にも配慮しつつ、自発的な解決策を示していく必要があります。
本稿では、IOSCOレポートによるMEVへの言及と、それに対する反対意見を紹介しつつ、日本法の観点からMEVの規制について検討します。そして、ブロックチェーン・コミュニティーによる最新のMEV対策の取り組みを紹介し、規制との関係について考察します。
IOSCOレポートにおけるMEVへの言及
IOSCOレポートでは、MEVについて以下のように言及しています。
- ・MEVは、コンセンサスメカニズムに参加する者によるmempoolのデータの利己的利用を意味する
- ・仲介者がトランザクションの順番を変更したり、他のトランザクションを差し込んだりする行為は、伝統的なマーケットでは相場操縦的かつ違法とみなされる
- ・「フロント・ランニング」、「バック・ランニング」、「サンドイッチ・アタック」は、伝統的金融では相場操縦に分類される可能性がある
- ・Proposer-Builder Separation(PBS)は、トランザクションの順序を不透明にすることでMEVの機会を減らす試み
- ・オープンソフトウェアを使ってMEVの機会を民主化しようとする試みもある
IOSCOレポートは、各国の規制当局に対して特定の義務を課すものではありませんが、DeFi分野での国際的な協調の重要性を考慮すれば、今後の規制動向に一定の影響を与えるものと考えられます。
MEV規制に反対するパブリック・コメント
イギリスのサリー大学准教授のBarczentewicz氏は、IOSCOレポートに対し、現時点でのMEV規制に反対するパブリック・コメントを提出しました。その主な内容は以下の通りです。
- ・MEVの違法性・不適切性については更なる研究が必要
- ・DeFiの「フロント・ランニング」と同じことを従来の金融で行っても原則違法とはならない
- ・イーサリアムのsequencerがトランザクションを並び替えることは「reordering」ではなく「ordering」に過ぎない。「Reordering」と呼ぶのは恣意的
- ・MEVが市場全体の効率性に与える影響については実証研究が必要
- ・MEV対策は急速に進展しているため、規制当局が対策を講じるのは時期尚早
Barczentewicz氏の指摘は、MEVの規制を考える上で重要な視点を提供しています。特に、DeFiにおける「フロント・ランニング」が伝統的金融とは異なる概念であることは、規制を考える上で考慮すべき点です。
論点の検討
(1) 「フロント・ランニング」について
日本法の観点から見ると、「フロント・ランニング」の禁止は、証券会社等がクライアントの注文に関する非公開情報を利用することを防止するためのものです。しかし、DeFiにおいては、バリデーターとユーザーの間に直接のコミュニケーションがなく、証券会社とクライアントの間に存在するような忠実義務等の基礎となる関係を認定することは困難です。
そのため、DeFiにおける「フロント・ランニング」は、証券会社等によるクライアントへの背信的行為という性質が薄く、伝統的金融とは異なる新しい概念と捉えるべきと考えられます。
ただし、MEV-BoostにおけるSearcherとBuilderの間、BuilderとRelayerの間には、委任に近い関係が認められる可能性があります。特に、BuilderがSearcherから非公開情報を受け取ってそれを悪用した場合は、米国や欧州では詐欺的行為やインサイダー取引として罰せられる可能性があり、法的リスクが高いと考えられます。
(2) バリデーターが従うべき「ordering」に関するルールの不在
Barczentewicz氏は、バリデーターがどのように「ordering」をすべきかの基準がない中で、恣意的な「reordering」があったと簡単に言うことはできないと指摘しています。
日本法の観点からも、刑事罰を科すためには違反を問うルールが明確でなければならないことから、「ordering」のルールを明確にできない限り、違法性を問うには慎重を期する必要があると考えられます。
(3) 現実取引による相場操縦の認定の微妙さ
サンドイッチ・アタックを含むMEVの主要類型は、実際の取引を伴うため、仮装取引ではなく「現実取引による相場操縦」に該当するか微妙な判断が求められます。
日本では「誘引目的」という主観的要件が必要とされ、欧州でも問題となる行為の価値に応じて免責が認められるなど、かなり微妙な事実認定と判断が求められます。
万一この分野で規制を導入するにしても、事前の詳細なガイドラインの制定を前提とすべきと考えられますが、現実的にはブロックチェーン上の取引類型のすべてを事前に検討することは困難です。このことからも、MEV問題は法的規制よりも技術・仕組みによる解決に馴染むと考えられます。
現在開発中のMEV対策 MEV-Boostの寡占リスクに対応するため、分散性と取引内容の秘匿性を両立させるSUAVEというプロトコルが開発中です。SUAVEでは、ユーザーが抽象的な注文を出し、それをdecentralizedな方法で具体的なトランザクションに落とし込んでブロックを作成します。特殊なハードウェアを使って秘匿性も確保するとのことです。
SUAVEが計画通りに進めば、BuilderやRelayerの特殊な地位はなくなり、規制当局の懸念も大幅に解消されるでしょう。ただし、開発の途中段階ではFlashbotsチームが信任された地位を持つため、その背信行為には注意が必要です。
SUAVEの存在は、ブロックチェーン・コミュニティーが自発的努力により規制当局の懸念にも対応しようとしていることを示すものであり、MEV分野の規制を急ぐべきではないことの根拠となり得ます。
おわりに
相場操縦規制は、伝統的な金融の仕組みと実務に基づいて気づき上げられてきたものであり、それをブロックチェーン上の取引に当てはめることは多くの場合相当な困難を伴います。そのような場合、法的規制による解決よりも技術と仕組みによる解決がより適切であり、抜本的な解決につながる可能性が高いと考えられます。
ただし、MEV-BoostのBuilderとRelayerが非公開情報を自己の利益のために利用した場合については、規制リスクに十分に注意が必要です。
ブロックチェーン・コミュニティーから規制当局との対話を行うことで、誤った理解に基づく規制を回避することが期待されます。筆者も機会を見つけて微力を尽くしたいと思います。この分野で建設的な議論がなされることを願っております。
弊所のSubstackの記事により詳細に記述しております。よろしければご参照ください。